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小説『わたしを守った、あの一言』

  • 執筆者の写真: Reiko
    Reiko
  • 5月14日
  • 読了時間: 4分

更新日:5月25日


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わたしには、取扱説明書がない。

自分でもどう扱っていいのか、ずっとわからなかった。

でも、遠い記憶の中に、ある「説明書のような言葉」がある。

神さまが、彼女を通してわたしに届けてくれたのだと思う。


その彼女の名前は思い出せない。

でも、彼女の目はよく覚えている。

真っ直ぐで、まるで獣のように鋭かった。


同じクラスだったけれど、仲のいい友達ではなかった。

休み時間に話した記憶もないし、いつもわたしを睨むように見ていた。


「きっとわたしのことが嫌いなんだ」


そう思っていた。


その日、数人の男の子がわたしにちょっかいを出してきた。

最初はからかい。

でも、次第に悪意に変わっていくのが分かった。


怖くて動けない。

心臓が痛い。

誰か助けて。


そのときだった。

彼女が突然わたしの背中を押した。


「やめなよ」


その一言で、空気が変わった。

標的は、彼女に移った。


彼女は、あっという間に押し倒され、

髪はぐしゃぐしゃ、

制服は泥だらけになった。


呆然とするわたしに、

彼女は鋭い目を向けて、こう言った。


「あんたなんか、大嫌い。

 でも、あんたをいじめる奴は一生許さない。」


そして何も言わずに、教室を出ていった。


彼女は転校生だった。

その数週間後、また転校していった。

風のように現れて、風のように去っていった。


思い返すと、

小学校の頃からわたしは

「いてもいなくてもいい存在」だった。


クラス替えをしても、

どのグループにも入れなかった。

話しかけられても、

名前を覚えてもらえなかった。


「え、あなたいたの?名前なんだっけ?」


同じ子に、3度も聞かれた。


修学旅行の夜。

みんなで

「誰がいい人か、悪い人か」

言い合う遊びが始まった。


寝たふりをしていたけれど、

わたしの名前が出たとき。

シーン。


誰も言葉が出てこない。

ようやく、

少し話したことの

ある子がぽつりと言った。


「…わりと、いい人だよ」


みんなが「ふーん」と言って、終わった。


空気が、他の誰のときとも違った。

まるで、風が止んだみたいに。


中学・高校、

そして短大になっても

状況は変わらなかった。


今度こそ明るく、積極的に。

そう思ってバンドも組んだ。


でも、バンドメンバーの中で、

わたしのポジションは、


「妙な奴」。


他の子たちは「面白い奴」「唯一まともな奴」。

そしてわたしは、「妙な奴」。


わたしは、人間関係が苦手だった。

誰とも心がつながっている感覚がなかった。


どこにいても、居場所がない。


何もしていないのに、

「こいつムカつく」「いじめたくなる」

と言われることもあった。


最初は、彼らを軽蔑していた。

「人としてどうかしてる」と。


でもあるとき思った。


そういう人を、

わたしがつくってしまったのかもしれない。


わたしがいじめても

平気と思わせる空気を、

出していたのかもしれない。


だけど、思い出すのは、あの言葉。


「あんたなんか大嫌い。

 でも、あんたをいじめる奴は一生許さない」


あれは、彼女の盾だったのかもしれない。

言葉にできなかったわたしの叫びを、

彼女が代わりに言ってくれたのかもしれない。


いま、わたしはこうして生きている。

誰にも必要とされないと

思っていたこの人生の中で、

こうして、書いている。


その根っこには、あの言葉がある。

あの一言が、今でもわたしを守っている。


もしかしたら、

あの子は神さまだったのかもしれない。

取扱説明書のない私に、

神さまが差し伸べてくれた、一枚のメモ。


その言葉のおかげで、

わたしは今も前を向いて歩いていられる。


【エピローグ】


この世界には、

言葉で救われる瞬間がある。

それは、優しい言葉だけではない。


「大嫌い」って言われて、

救われることだってある。


鋭いまなざしの奥にあったのは、

もしかしたら、

世界でいちばん不器用な愛だったのかもしれない。

 
 
 

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